全ての女性性に内在する高次由来の愛「5次元ナディ」の再神聖化☆2


以前、男性性のカルマについてふれたときにも書きましたが、「カルマ」というのは、罰ではなく、本人の魂が高次の意識によって自ら選ぶバランスの選択だという前提で、カルマという言葉を扱ってゆきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

引き続き、女性性のカルマとして、「転生の秘密(ジナ・サーミナラ)」のなかで印象に残ったものを、ご紹介してゆきたいと思います。


「リーディングは、二代前の前生にさかのぼって、この婦人の悲惨な状態を説明している。
まず、第一に明らかにされたことは、この女性は、フランスの宮廷で虚栄心の強い物質的な快楽を追う女であったことである。
彼女の生涯は、華やかなものだった。
しかし、その時代に次のアメリカ初期の開拓者として生れてきたときの悲劇の種を蒔いたのだった。
というのは、そのアメリカ時代に彼女は六人の子供の母親になったのだが、その全部を焼死させるという憂き目をみたからである。
’この人は、余生を恐怖の内に過ごした。彼女は怒りをおぼえ、神が彼女と子供を護ってくれなかったことに対し、信頼の念を失った。 
このことが、今生で、この人に子供を産むことに対する恐怖心を植え付け、この恐怖からあらゆる結果が生まれているのである’

植民地時代の悲劇は、理解に難くない。
なぜなら、人間は、物を失ってはじめて霊的なものに心を向けるからである。
しかし、このように一連のカルマ的状態を償っている途中で、彼女は、しらずしらずのうちに別のカルマを産みだしてしまったのである。
六人の子供を失ったということは、いくら利己的な女にとっても苦悩であったに違いない。
しかし、彼女は、このテストにうまくパスしなかったのである。
というのは、このような経験に対しては深い情愛をもって(神の与える試練に)従順に従うか、憎しみのこもった怒りを抱くか、どちらかの反応をもって対するわけだが、彼女は後の方を選んだのである。
’この悲劇は、不可解な神、しかし義なる神の意思である’という解釈をとるか、それとも’こんな悲しい出来事は、神の無慈悲と不公平の証拠である。神なき宇宙の無分別な遊戯である’という態度をとるか。
彼女は、後の方の解釈を選んだのである。

それゆえ、ここにはこの女性が、まだ学ばなければならぬ一つの根本的教訓が残されているわけである。
つまり完全な愛は、怖れをのぞくという教訓である。
彼女は、物質的な恐怖などもなくなるほど伴侶である夫を愛し、彼女を母として選ぶかもしれぬまだ生まれぬ魂を愛し、彼女のなかにある神聖な創造の原理に対する愛と崇教の念を、学ぶ必要があったのである。


これも、厳し〜と感じる内容ですよね?
って、高次の自己が自ら選んでいるってことなのでしょうけれど、そう考えると、わたしたちの魂の本質って、やはり(かなり)崇高なのだなと、改めて感心もしてしまいますが。

事故や災害の悲劇って、この事例に書かれているように、対応する心情に二つの選択があるのだと思います。
天の試練に対しても、信頼を失わず犠牲に対しての意味を見出すか、神の無慈悲を呪うか。


2011年の3.11の大災害についても、福島の放射能汚染についても、わたしたち日本人全体として、この選択をさせられたような気がしています。
一つの特徴として、日本人は、自然災害については、非常に従順だということ。
そして善悪や、正しい改善や原因の追及については、非常に曖昧であるということが、改めて判明したと個人的には感じています。
良い点と、悪い点が、同時に判明したような感じです。


さて、話が逸れてしまいましたが、5次元ナディの聖母マリアのチャネルでは、女性性が持つ「恨み」の感情についても触れています。
これは、もっと詳しくは、「月の女神学校vol.1 『原初の怒り(男性性女性性分離による)に対処する』」のチャネルで解説されていますが、わたしたち女性性はその役割りから、男性性よりも、高次の恩寵を無条件に信じていました。
それは、女性性が男性性に対して、持っていた優位性の意識(これが女性性特有の傲慢さへと発展してゆく)でもありました。
だから、このように自分が天の守護を得られなかったときに、謙虚になることが難しく、当然の権利を守られなかったという怒りや恨みになる場合も多々あるのです。

そこで解決の鍵になるのが、「完全な愛は、怖れをのぞく」という部分でしょうね。


女性性が、自らの内にある怒りや恨みを癒し、それらの試練が、自分の内なる女性性をさらに目覚めさせる意図のものであったことを謙虚に認め、受容すること。
それによって、天からの守護を得るための、エネルギーレベルにおける準備を慎重に再構築してゆくこと。
それらの準備ワークが、「月の女神学校」です。


女性性が、感情内の「怒りや恨み」を溶かしていないと、そもそも高次の音を響かせる恩寵の元として存在することが、叶いませんから。


そして、「完全な愛」を、人間だけに求めるのは、難しいです。
むしろ、「完全な愛」は、人間間で得るのは不可能なのだという謙虚な気付きから、わたしたちは、高次から贈られる愛を求めるようになるからです。
それが、調整という名の「希望」です。
それが、本来、「信仰」と呼ばれる質のものであるのでしょう。

そして、女性性こそ、希望と信仰を体現してゆけるのだと思います



5次元ナディのエネルギーには、女性性が、その希望と信仰の体現を可能にするエネルギーが、ふんだんに盛り込まれています。


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