金星の女神学校≪サロメ≫の感想です7

いつもお世話になっております。先日は金星の女神学校《サロメ》をどうもありがとうございました。感想は28日(日)に送る予定です。すみません。もう少々お待ちください。



でも、一言だけ感想を送ります(笑)



サロメを題材にオスカー・ワイルドという作家が作品を書いていますが、私はこの話を事前に読んでからアチューメントを受けました。
この作品は聖書の内容とは少し違い、愛する男ヨカナーンの首に口づけする狂気に満ちた愛を表現しているようです。
それで、せっかく読んだのに女神サロメから解釈がズレるなぁとがっかりしたのですが、昨日電車の中でオスカー・ワイルドの洋書を読む女性を発見し、これはシンクロが、起きていると思い、ネットでオスカー・ワイルドの作品を調べました。そしたら、彼の作品に子ども向けの短編があり、それが今にピッタリの内容だったのです。


私は、作品の中の、純度の高い愛から生まれる自己犠牲に涙が止まらなくなりました。



私が読んだのは「ナイチンゲールとばらの花」、「幸福の王子」、「わがままな大男」です。
ナイチンゲールとばらの花」は、オスカーの「サロメ」と文章の表現・モチーフが似ているんです。だから、これが今回のメッセージかな?と思うのですが、この話は洗礼者ヨハネのような「自分を犠牲にする」ことについてを深く考えさせる話なんです。



ナイチンゲールの、「真実の愛」のために命を捨てて赤いバラを生み出す姿には、号泣でした。
愛することはなんて尊いことだろう。ただ愛されるだけ・受身的になるだけじゃダメだ、愛そう!という思いが湧きました。そして、どこかピュアすぎて痛々しいところが気になってしまいました。



それから、「幸福の王子」も貧しい人のために自らを犠牲にする話ですし、「わがままな大男」にはキリストが出てきて、手や足の傷を「愛の傷さ」と説明します。



なんだか12次元で学んだ真実の愛・高次の愛から為される献身と、身を燃やし尽くす愛を感じました。(でも、自分の身体を犠牲にすることはよくないと思いますが。)
ブログの12次元の感想を拝見し、12次元のテーマは私にも来ているなぁと感じています。

では、また改めて日曜に感想を書きます☆