なるほど、そういうことだったのですね〜!

この間、明治神宮にお参りに行ってきたのですが、「清正井」のところが、3時間待ちの列だったのです。ええ〜、なぜ?と思っていたのですが、今日ヨガの先生に教えてもらって、謎が解けました。


テレビで、「清正井」の写真をとって、携帯の待ちうけにすると、仕事運が上がると放映されたそうなのですね。今田耕治さんが、それで新しい仕事を2本得られたとご報告されたということで、盛り上がっているようなのです。



こういうことを、批判的にとる方もいらっしゃいますが、わたしは、その気持ちはわかると思います。今不況で、みんな仕事に恵まれるということに真剣なのだと思います。それだけ問題が切実だということですし、そういうことがきっかけとなって、いろいろな気付きを受け取るかたが増えてゆくということでもあるのだと思うからです。
そして、なにより、そのことによって恵まれて、目に見えないもの、自分を助けてくれるなにかに感謝できるようになったり、守られていると信頼できることは、何よりも大切なことなのだと思います。そして感謝の心から、そういう場所を大切にしようという気持ちが芽生えるのでは?と感じます。
もちろんそれには、個人差というものは、あるのでしょうが、そういうパワーのある場所は、みんなの、地球上のすべてのものだと思います。だから守られていることも大切だし、知られることも大切なのだろうと。


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一方で、高次に参入する(上昇していると自覚したり、公言、および他言する)場合は、あるレベルの厳しさが、伴うのだと感じます。
最近シュタイナーに教えられることが、多いのですが(わたしは、彼はあるレベルでマスター、そうでなくても尊敬できるメンターの一人であると感じます)、シュタイナーもこのように明記しています。



「自己を犠牲にするという心を持ったことが無い人は、高次の認識には至れません。」


「自己犠牲の反対は、なんでしょうか?
我意の貫徹です。
我意は、真の認識と叡智の合一を妨害します。日常生活においては、我意は先入観として現れ、真の認識を損ないます。」




この前の記事に書いた、自分を犠牲にして、おそらく家族をあるレベルで守っている娘さんの魂は、高貴なのだと思います。
そういう資質がなければ、そういう役割りも出来ないからです。
怒りは、それを許容してくれる人(時には弱者)に必然的に向かいます。
でも、≪犠牲≫は、≪高い徳性と愛に叡智≫が加わることによって、初めて、≪勝利≫となるものです。だから、少女である今は、やはり傷になるのだと思います。
だからある時期が来たときに、この娘さんが、「高い徳性と愛と叡智」を受け取らなければ、


「最も卓越したものが、転落して、高貴な感覚は、反対に唾棄すべき邪道に落ちる。」


と、言われるものに、なるのだと思うのです。それは、巧妙に隠された、抑圧された「膨大な怒り」によって。


ですから、上のものが、下になり、進化したものが、逸脱したものとなる可能性というのは、常に大きいのです。だから、≪選ばれた≫、≪進んでいる≫と感じているものは、何よりも≪謙虚さ≫と≪健全な自己犠牲の精神≫が、必要とされるのだと思っています。


そういう意味で、やはり天は、みなを常に≪平等≫に扱っているのだと感じます。


これも、12次元的情報のある部分だと思います。



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あっそうそう、「清正井」ですが、flareサイトhttp://flare.sunnyday.jp/の『全内的統合セラピー(12ワーク)』のコンテンツのトップの写真がそうです、笑。お持ちかえりして、待ちうけにされても、大丈夫ですよ♪
みなさんに、たくさんのいいことがあれば、なにより幸いです♡