第5回ナディマスタートランスミッションスタディシェアiiiiiiiii(9次元)

9次元のナディマスタートランスミッションに参加させていただきまして、ありがとうございました。


今回は9次元のナディの事前学習であり、また同時にラブ&アバンダンスの事後学習でもあり、リリースの恩恵による影響もありで、全てが連動して作り出された流れが、とても大きな学びを与えてくれました。


2つのラブ&アバンダンスを経た後は、去年の夏から私の中で続いてきたストレスを通しての気づきと学びが続く日々でした。「ストレスの原因は、周囲の人達や環境ではなく、私にある。それを解決すれば、ストレスは消える」という意識が明確に自分の中に根付き、つまり「自力」でどうにかできるのだから、これは「救い」だなぁと自分を鼓舞しながら(笑)、でもなかなかうまく行かないまま、試行錯誤していました。


9次元のナディの前々日、20日のことです。気を紛らわせたり(逃避)すると「答え」が得られないので、ストレスを受けて苦しい心境のまま、軽いジョギングをしていた時のこと。ふいに目が覚めたような、といってもスッキリ爽やかというのではなく、かけられていたヴェールが取れて「あれ、何か変わったぞ?」とキョロキョロ辺りを見回しているような気持ちになりました。


それは、例えるなら、「苦しみ」や「怖れ」「不安」のメーターが振り切れてしまって、何か突き抜けてしまったような感覚でした。そして、そこに至って初めて気づいたんです。私の中に、何が起こっても、周囲の状況がどうあろうとも、全く揺らぐこともなければ、傷つけられることもなく存在する、永久不変の部分があるということに。そして、それこそが「私」自身であり、私という存在の「コア」だと感じました。


その部分に集中していたら、急に「解放感」「安心感」に満たされて、ふつふつと喜びが溢れて、「私は自由だ〜!」と歓声を上げたい気分になりました。


そして、急に楽しくなってきました(笑)。どんな事が起ころうとも、それは「私」がしている経験の「物語」であり、「物語」はイコール「私」ではないので、「物語」の内容がどう展開しようと「私」自体は傷つくこともないし、「物語」の中で自分がどんな選択しようとも「私」自体は変わることもない。だから、展開される3次元の「物語」を怖れず、自分の心がやりたいと望む事をすればいいわけです。



それまでの私の行動パターンは、周囲の状況に振り回されて、オロオロして、ネガティブな感情をさらに量産して、地上にネガティブな状況を作り出すことに加担するものでした。これからは、その時私が本当に望んでいる行動(それは、直面している状況を直接どうにかするというものではないかもしれないけれど)、今の自分に出来る範囲のポジティブな表現である行動をコツコツと積み重ねていこうと思いました。そうしていれば、どんな状況にもいつか変化が生まれるだろうと、全てのエネルギーが善なるものへと向かうことへの「信頼」のようなものを感じるようになりました。


「何らかの状況」は、私だけではなく、様々な人達によって作り出されています。その1人1人が独自の目的、またペースでもって魂の経験を重ねているわけです、私一人が私の都合で状況をコントロールすることなど、当然不可能です。それをコントロールしようとしてもがくのは、「利己」なんだなぁということにも気づきまして、気が楽になりました。


が、それでもやはり、「物語」に囚われすぎて、不安や怖れに襲われる時があります。そんな時は、自分の中の永久不変な部分に焦点を合わせます(必死で:汗)。すると、ゆったりとした気分が戻ってきます。安心感、そして癒される感覚です。


その後、今順番に過去記事を再読させていただいている史衣さんのブログで、今年2月の『シャンバラから届けられる豊かなマスターたちのエネルギー』を読みました。7次元についての情報に「そう!そうなんですよね〜!」と激しく頷いてしまいました。



「至福なる自己」について、一部だけ引用させていただきますと、


『そして、それはわたしたちの魂のなかにもある。それは、わたしたちの外側にあるのではなく、わたしたちの内側、ハートにこそ存在するのだ、その事実こそがわたしたちの喜び(至福)の源なのであるということを理解させ自己価値自己受容を高め、すなわちそれは、他者への愛へとなって流れだします。つまり、他者への配慮と愛、すべての善なるものの奉仕のエネルギーです。善なるものに囲まれているとき、わたしたちは深く安心できるというのは、誰もが納得できるのではないかと思います。そして、それは外側にあるのではなく、自己の内側に自己のマスター性として、すでに存在しているということです。』


私は、史衣さんのブログと出会ったのが、太陽のナディ直前であったので、7次元のナディは受けていません。が、この「至福なる自己」の感覚が、今回私が自分の内にある「永久不変な部分」に気づいて、それに浸った時の感覚を表しているように感じました。
(でも、リリースや9次元のナディ、月の女神学校のガイダンスメールでは、「聖霊」という言葉が出てきますね。エターナルセルフや真の自己、という言葉もよく聞きます。9次元のナディでは「内なる天国」といわれました。今回自分が気づいた感覚が、何なのか、今はよく分かりません。いつか分かる日まで、保留にしておきます:汗)



22日。ナディのガイダンスメールを読み(史衣さん、大変ありがとうございました!)、9次元のクリスタルクラスターの記事に続いて、ルシフェルの「予定調和」の記事もちょうど読ませていただいていたので、現在の私が頭で理解できる部分はできたかな?と思って、9時の開始を待ちました。


開始すると、何故か、うっすらと眠気を感じ始めました。


「地獄」について考えていて、私は自分の静寂とか平穏を破るもの全てに、その本質について考えることもなく、「侵害された」という気持ちや「傷つけられてしまうかも」という恐怖を抱く傾向があるように思いました。それだけ、心を閉じているということでもあるし、思い込みが激しいということでもあると思います。


「地獄」は自分が作り出した(許可した)「感情的体験」であるならば、本当に魂が「侵害されることはない」「傷つけられることはない」と思い出せば良いのかなと、想像してみました。

9次元的な意識では、相手が何をしても「許す」必要もなく愛し続けられるし、天国はもうすでにここ(地上)にあるのだという感覚になりました。


「天国」は内に見出すもので、外に求めるものではない。
外の物理的な環境は幻であり、外の環境「のみ」がいくら天国的に整っても、内に「天国」を見出していなければ、心は「地獄」にとどまったままだ。
外の(幻の)「天国」には、「安らぎ」も「平和」もない。


10時になり、かなり眠くなってきました。ナディの時は緊張している部分もあるので、この眠気は不思議でした。『9次元は、頭では理解できません。』という史衣さんのお言葉が何度も浮かんで、「頭で理解できるのはこれが限界。あとは潜在意識の領域で、という事なのかな?」と、今考えればかなり勝手な解釈をして、ひとまず横になって考えることにしたら、即効眠ってしまいました。途中何度か目を覚ましつつも起きる気がしないまま、11時になってしまい、エネルギーを感じつつ、また寝入ってしまい・・・次に目が覚めたのは午前2時でした。


学びに感謝して・・・でも頭の隅で、「レポートどうしよう〜!!」と今さらのように焦りを感じつつ、とりあえずまた眠りました(汗)。


翌日考えたのは、ナディの9時台に何故かお腹が痛くなり、2度もトイレに行ったという事態についてです。この腹痛、偶然ではなく(当たり前ですが)、何かを示唆してくれているのを感じるのですが、ナディの最中に「痛み=地獄の象徴?」とか考えてもよく分かりませんでした。また、目に付いたマンガがあったのですが、その時は単に「自分が読みたいだけ」としか思わなかったのですが、それと関連させて、感じるものがありました。



ナディの最中にトイレに行くという事態に「あちゃ〜」と頭を抱えたくなったのですが、この事態によって、「固定観念」に縛られて、「カッコつけているだけの自分」の姿が浮き彫りにされたように感じました。ナディの朝引いたFESのフラワーカードは「Chocolate Lily」で、これは「無意識で肉体の代謝機能、排泄機能を嫌悪する傾向」の人が、「魂を肉体に体現することができ、基本的な代謝機能、とくに肉体の生殖および排泄機能を受け入れることができる。」というフラワーエッセンスのようで、「はて??」と思っていたんです。


そして次に、目に付いたマンガについて。少年マンガのコメディで、主人公の少年は世間の「常識」や「固定観念」に全く影響されていないために、それに合わせて自分を飾りたてることもなく、物事を自分の心で判断して、行動します。それが「世間」とズレているから「コメディ」になるのですが、彼のあり方は、まさに「ありのままの自分」!(笑)



考えてみれば、これまでずっと、カッコつけたり、何かを怖れたりしながら、外側の声ばかり気にして自分を作り上げて、生きてきました。まるで、作ったそばから崩れていって何も残らない「砂の城」をせっせと作ってきたようなものです。誇り高くあることと、かっこつけて良く見せようとするのは違う。もう幻想から目を覚まし、これからは真の自分をこの地上に発現させていく事。また、「思考」に偏りすぎて、「肉体」の感覚・叡智から切り離されてしまっている事に気づかされて、もっと現実的に「肉体」を通して生きるようにしようと思いました。それらが大天使ウリエルのメッセージの最後の部分『自分を信頼すること。』に繋がるのだと感じました。


そしてふと、痛み・苦しみという感情的体験の中で、内なる光を見出すことができたなら、次は外の世界の地獄的状況(いつの時代も悲しみ・苦しみが存在し、戦争は続く、等)が、まるで固定した決まりであるかのように思いこんでしまっている幻想から目覚め、真の魂の欲求に従って、この地上世界に対処していく段階に入る。内なる天国を地上に創出する日々が始まる、と浮かびました。


とても大きな学びであったと感じます。いまだ消化中で、これから少しずつそれを日常生活の中で、実現していくことになるのだと考えています。


大天使ウリエル、そして今回のナディマスタートランスミッションに関わってくださった全ての存在に感謝します。
本当にありがとうございました!


そして史衣さん、今回も大変お世話になりました。
素晴らしい機会をありがとうございます!