第一回トランスミッションスタディシェアii(7次元)

ナディマスタートランスミッション参加させていただきまして、ありがとうございました。第一回の感想をお送りさせていただきます。

2月25日の新月の日に、月に私の心からの願いを託しました。「私の周囲にすでにある宇宙の愛を、受け取ることができますように。」そんな願いが中心だったように思います。


そして、3月に入り、この地球にいることの至福。愛を交わして、成長を助け合う可能性が与えられていること私たちが恵まれていることへの感謝。その扉は、それぞれの人の内側にあることを感じました。



ひな祭りの日に、ナディマスタートランスミッションのテーマが与えられました。私の特徴として、頭で理解しようとするところがあります。ハートで感じる先にしか、つかめない真実があると知っていても。まさにそのことを超えてゆく訓練なのだと感じました。



今が新しい理解を得る時だと、切に感じています。マスターのトランスミッションを受け取る機会を得られたことは、私にとっての大いなる恵みです。私は自分自身と宇宙を深く信頼して、自分の真実に向き合いたいと思います。

《中略》

帰路の車の中で、CDを聞き始めました。その曲が、まさにマスターから私へのメッセージに聞こえて、私は車の中で号泣し始めました。このCDを買ったのは、山下達郎さんのコンサートに行く数日前だから、2月の頭で。コンサートに行くことを決めたのは、昨年の11月で。でも、今日までこんなに、感情を揺らされることはありませんでした。


「いつでも見守ってきた。」
「ひとりではない。」
「一緒にいるから。」


空から光が差し込んでいるイメージが湧いて、それが誰か特定のところではなく、すべての人のもとへ降りていきます。私がずっと知りたかったのは、この光景でした。みながひとつの愛に戻れるという証を、自分で見たかったのです。




夜になってトランスミッションがはじまりました。家族との会話の中にも、学びが与えられると聞いていたので、注意していました。娘との会話が印象に残りました。「うまく側転や鉄棒ができて、ほめられるとうれしい。」というものです。小学生としては、当たり前のことです。この中で、「ほめられる」という部分が他者評価について教えてもらっているように感じました。どんなことも、人はその人自身のフィルターを通して行動するから、評価されなかったときに自分のやったことそのものを否定してしまうことになるかもしれないということです。



他者の評価にかかわらず、自分がそのことの意味をしっかりとつかんでいることが、大切ではないかと。自分自身が宇宙の愛の下で、自分の行ったことの意味を知っていれば、他者の評価を待つ必要がなくなります。



「犠牲」は、その人のフィルター、視点によってとらえ方が180度違う行為です。私自身がマスターの視点を持って、自分を見ることが大切なのだと感じました。



夜10時になって、瞑想に入ります。
相変わらずビジョンなどは少ない私です。ただ、もう答えは受け取っているような感覚が浮かびます。単なる苦行にしか見えない「犠牲」という行為であっても、宇宙の根源の愛から離れてみている経験のひとつであり、どれほど分離を極め、落ちていると感じたとしても、源に戻ることができて、自分自身が愛であると知ることができれば、「喜びにあふれた勝利」なのではないかということです。それらは、これから/今苦しみの中にいる人達に見ることのできる意識の地図を書き上げたことになるから。




マグダレンホーリーグレイル(マグダラのマリア)のあり方とは、何だろうと思います。太陽系の愛の守護者とは?怖れが無いとは?愛を極めた形なのでしょうか。すぐにはわからないので、マグダレンを呼んで私にトランスミッションを行ってほしいと、要請します。受けていただいたように思いました。マスターのヒーリングをうけながら、眠ります。



翌朝目覚めると、マスターの存在をハートの奥深くに感じます。その日は仕事がある日でしたトランスミッションの翌日なので、すべての人がマスターのメッセンジャーだと考えて注意深く過ごすつもりでした。


いきなり午前中に、私は、仕事でミスを起こしました。急ぎクマラを意識して話してみて、このことから生じる感情を味わうようにとのことかと思いました。


自己嫌悪、不安、自己信頼の無さ


第三チャクラにかかわるように思います。まだまだあるのだなと感じました。でも、その先を見つめるのが今回の私の誓いなので、落ち込んでいる暇はありません。ジュアルクールと話します。「あなたは宇宙と自分との間で現実を創造していくのだ。どんな現実を創りあげたいのか?」


宇宙の愛の下に皆が守られている現実を創りあげたいです。なら、そう意図して願わなくてはなりません。


マグダレンの怖れの無い愛で満たしてもらうことにしました。少し時間がかかったけれど、丁寧に修復してもらいました。夕方までに、私のミスは、かかわる人々の善意の行動によって修復されました。



私がこのことを通して学ぶ必要があったのは、「宇宙の愛とひとつである自分への信頼」と、その途中で、それにふさわしくない不要な感情エネルギーを手放していくことだったのかもしれないと、思いました。クマラはそれらは幻想だとガイダンスで語ってくれていましたから。