2次元の憎しみを癒すのは、究極の愛☆


2次元ナディ
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やみくろの声は今では私の耳にもはっきりと聴き取れるようになっていた。


しかし、正確に言えば、それは声というよりは
むしろ耳鳴りに近かった。
闇を切りすすみ、ドリルの刃のように鋭く耳を突く、
無数の羽虫のうなりだった。


それはあたりの壁に激しく反響し、
私の鼓膜を妙な角度にねじ曲げていた。
私は、そのまま懐中電灯を放り出し、
地面にしゃがみこんで両手でしっかりと耳を塞いでしまいたかった。
まるで体じゅうの神経という神経に
憎悪のやすりをかけられているような気がしたのだ。


その憎悪は地獄の穴から吹きあがってくる激しい風のように
我々を押しつぶし、ばらばらにしようと試みていた。
地底の闇をひとつにあつめて凝縮したような暗い思いと、
光と目を失った世界で歪められ汚された時の流れが、
巨大なかたまりとなって我々の上にのしかかっているように感じられた。
私は、憎悪がこれほどの重みを持つことを知らなかった。


’足を止めないで!’
と彼女が私の耳に向けてどなった。
彼女の声は
からからに乾いていたが、震えてはいなかった。
彼女にどなられてはじめて、
私は自分の足が止まっていることに気づいた。


彼女は腰と腰を結び合わせたロープを思い切りぴっぱった。
’止まっちゃ駄目。止まったらおしまいよ。
闇の中にひきずりこまれちゃうわ’
しかし私の足は動かなかった。
彼らの憎しみが、私の足をしっかりと地面に押さえつけているのだ。


時間がそのおぞましい太古の記憶に向かって
逆戻りしているような気がした。
私はもうどこにも行けないのだ。


彼女の手が暗闇の中で思いきり私の頬を打った。
一瞬耳が遠くなってしまうほどの激しさだった。
’右よ!わかる? 右足を出すのよ。
右だったら、この頓馬(とんま)!’


私にわかるのは、彼女が言うように
やみくろたちが我々をその濃密な闇の中にひきずりこみ
とりこもうとしていることだった。


彼らは、恐怖を我々の耳から体にもぐりこませてまず足をとめさせ、
それからゆっくりと手もとにたぐり寄せようとしているのだ。


’彼らは何をあれほど憎んでいるんだろう?’
と私は彼女に訊ねてみた。


’光のある世界とそこに住む者をよ’
と彼女は言った。


村上春樹「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」)

◆シャンティフレア 北鎌倉◆
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