第13回ナディマスタートランスミッションスタディシェアiii(冬プロジェクト2次元)

2次元ナディとレディナダのレポートです。
遅くなりましてすいません!


2次元ナディとレディナダは、今までのナディの総集編?というか、初回ナディ=7次元ナディからここ最近までの自分自身のテーマと、今までナディで受け取ったメッセージや学びの中で、よく分からないままにしていたことがかちかちっと整合したという感覚がありました。
(とはいえまだ全部分かってるわけじゃないのですが・・・あまりに色々ありすぎた上に、自分個人だけが納得しているような内容もあるので・・・)


まず、7次元ナディでみた、イエス磔刑シーン。
そこで語られた珊瑚たち。
エスの流した血のレッドに、ゴールドイエローの光が入り、そこに珊瑚(コーラル)が生じること。


それと、いつかのヴィーナスファンデーションで見た、原始の地球の海の上に浮かぶ、天使?的な存在だった頃の自分と、その海に最初に投げ入れられた生命(ディーヴァ)としての珊瑚。そして、珊瑚としての自分。


受苦(passion)を分かち合うこと(com-passion)=共感の秘密が、どうもこの珊瑚たちと関わっているんじゃないかと、ずっと考えていたのですが、やっとそれが少しずつ理解?できたかな〜と思うようになったのは、2次元ナディの約数カ月前からの、鉱物界(クリスタル)との関係性において、でした。



珊瑚があまりに気になるので、世界各地の創世神話を調べていて、ハワイの神話の中に、生命の進化の歴史において最もはじめに存在していたのが珊瑚であるという一節を見つけたとき、何か深く腑に落ちました。


つまり、珊瑚というのは、人間やその他動植物といった生命が誕生するにあたってはじめに海に捧げられた純粋に犠牲的な存在であったのではないかと思ったのです。


まさに、海底の一番深いところに眠っている、そして、ある意味ですべての命の根底にある、共通の犠牲のエネルギー。
それが珊瑚という象徴だったのではないかと感じています。


一年前の冬至、12次元ナディで、女神/セラフィムのエネルギーは、より小さなものを天に還す役割があるというメッセージでもまた、私が意識したのは珊瑚のことでした。


もし、この珊瑚のエネルギーが上昇するとしたら、最も低いところにあったものが、救いあげあられるということになります。


不思議なことですが、ここ数カ月、急にクリスタルのご縁が続いていました。
本の書評を書く小さな仕事や、クリスタルの販売をするという話が来ていたので、自分でも色々本を取り寄せて勉強していました。



その流れで、4次元ナディでは宝石講習会などに出たのですが・・・、昨今のクリスタル(鉱物)ブームについて、シュタイナーの鉱物論の本を読んでいたところ、シュタイナーは現代は鉱物の時代だと考えているという一節がありました。


つまり、最も下位とされている鉱物界(鉱物界、植物界、動物界・・・と位階があるとシュタイナーは考えているのですが)の中に、高次の霊性を見出す時代になっている(そしてそういう課題を人類が持つような時代になっている)ということだそうです。


確かに、昨今本当に沢山の石が「発見」され、市場に出回っていて、ヒーリングに興味を持ったりすると、クリスタルに必ずといっていいほど触れることになりますよね。
でも、歴史的に見ると、こんな風になったのは、ある意味でここ数世紀の話なのだそうです。



この鉱物たちというのは、植物や動物よりもはるかに古い、地球の原初の岩盤や、植物や動物の死骸からできているわけです。
つまりは、地下世界=死骸の溜まり場の中から、圧力と熱や冷気を受けて、生成するものなのです。


そういう鉱物たちが、ヒーリングだけではなく、今の私たちの文明を支えています。コンピュータにも、携帯電話にも、鉱物資源が使われていないものはないのです。
地下から掘り上げられた、様々な苦闘の歴史を持った鉱物の結晶が、今のテクノロジーを支えているということでもあります。


さらには、鉱山労働というのは・・・チリの岩盤事故はまだ記憶に新しいですが、重労働で危険なものでもあります。
また、鉱物資源のマーケットに関しての様々な「ダークな」側面(児童労働や真贋の問題、環境破壊など)についてもはじめて知りました。


いわゆる「底辺」と呼ばれている、しかし今の文明をまさに下から支えている世界について、意識を向ける機会が次々とあったのです。


それとまた平行して。。。2010年はヨーロッパのヒーリンググッズを日本に紹介するという仕事のために数回渡欧したのですが、丁度今から半年前、6月のセミナーのとき、現地の社長の女性(チャネラーさんです)が天使から受け取ったメッセージで、出産・活性化・パニックアタックへの対処という3つのテーマに関するグッズが私にとって必要みたいだから、といきなりプレゼントを頂いたのです。


いったいなぜ?助産師さんでもないし、なぜ私にとってこの3つのテーマが必要なの?・・・と考えるうちにいきついた、リバーシングワーク(再誕生の呼吸法)。


これは、まさに、2次元で語られていた出産プロセスを、意識的な呼吸によって再体験するというワークなのです。
それによって、出産および根深い思い込みパターンに光を入れて解放していくというためのものです。


これは必要なのではないかと思い、今年の夏に集中して数回セッションを受けたのですが、ある一定期間特殊な呼吸法(無意識的呼吸ではなく意識的呼吸)をし続けるということが、これほどに難しいのか!!と思うくらい、ふっと一瞬でも意識を手放すと、無呼吸状態に陥るのです。


無呼吸は、死の衝動のあらわれだそうです。
そのワークのあるセッションで、私は「死産」を体験するということが起こりました。


リバーシングのセッションでは、呼吸を深めて行くうちに、硬直状態(テタニー)が起こり、さらに呼吸していくうちにそれが解消されていって、至福状態に至るというプロセスが進行します。これが、出産時に起こっている産道の締め付けとそこからの解放のプロセスを再体験しているということなのだそうですが・・・、「死産」体験では、生まれたいという生への意志と、同時に死の甘美な沼へと引きずり込もうとする自分の中の死の衝動と、そこにずるずるとつながっている膨大な、ものすごく深い闇との葛藤を経験しました。


たとえていうと、自分の中で、白い小人(生きたい!生まれたい!目覚めたい!)と、黒い小人(いいじゃん、眠ってれば。ここは気持ちいいよ〜考えなくていいんだよ〜まどろんでいようよ〜)が戦っているような感じでした。


そして結局私は、そのセッションでは「生まれることができず=黒い小人に負けてしまい」、終わってしまい、ものすごくやるせない、未消化な、なんともいえないものになってしまったのですが・・・、同時に、自分の頭上に、本当に大きな白い翼を持った天使を感じていました。


それは、どのような出産プロセスにも、高次元の計らいがあり、また真摯にサポートのエネルギーを送っているのだなということと、心の底から、生きられなくて悔しいという思いを味わうと同時に、生きていることができてよかった、命をここまでつないできてくれたすべての存在たち、特に母よありがとう、という思いに満たされたのでした。


そのセッション後、身体が冷えて冷えて仕方なかった(死を体験するとそうなるようです)のですが、セラピストさんがすすめてくれたのは、火の熱であたためること、でした。もう、どうしようもない闇をみたときは、火が一番だよ!と。
火は、確かにセラフィムエネルギーでもあります。
そして、そのリバーシングワークでは、現代人の生活であまり取り入れられていない火の元素を積極的に取り入れるようにと推奨しているのですが、確かに火を見ているうちに、どうしようもないやるせなさというのが、静かに慰められるような気がしたのでした。


リバーシングのワークは、まずは個人的な出産体験のトラウマを乗り越えることや幼少期の傷をいやすことにフォーカスしますが、徐々に、家系(血)の中にある死の衝動を癒すこと、そして集合無意識の傷をいやすこと、という風に連動して動いていきます。


だんだんわかってきたのは、リバーシングで降りて行く世界は、もはや我と汝の区別のない、集合無意識の世界なのですね。

どこかの誰かの死産体験の記憶が、私にセッションで死産を体験させたのかもしれない。自分の祖先か、あるいは見知らぬ他人か、分からないけれど。
それくらい、誰かの記憶が自分の記憶と瞬時に通底しているということ・・・。
まさに、誰かの犠牲は私の犠牲、というような、深い深い闇の底です。


でも、このセッションを経験をしてよかったと私は心から思っています。
そこで見たのは、自分一人では太刀打ちできないほど大きな闇の世界だったけれど、そこを見て、その中で生まれられなかった命の苦しみを感じ取ったことで、自分の中にある命を軽視する傾向(死にたい!!)が結構薄らいだからです。


そんなこんなで今までの経験を振り返りつつ、今年の秋分の日、富士山の洞窟に行ったこと、そしてその後、2次元ナディ直前には江の島の岩屋に行ったことは、とても大きな準備だったのだなと感じました。富士山の洞窟では、「受け取りました!」と思った記憶があったので、
今回は江の島に返しに行くのかしらんと思ったりしながら。。


で・・・江の島の岩屋では・・・在る場所に行った時、急に下腹部と頭が痛くなったのでした。まさに、子宮と第6チャクラ(=深く見て深く聞く)が。。


あまりに痛かったので、一緒に言ってくれた人に先に行ってもらって、岩屋の奥に入っていきましたが、そこには、人間が作った龍の置物がでーんと置いてありました。それと、その置物の前に沢山のお賽銭(お金)が。。


何かそれを見た時、自分の中の欲や、満たされなさ感を見せられたと思ったのと同時に、龍がこの場所に縛られているという感じを受けました。
何か・・・まさに呪われてここにいる、というような。


ノーム(地底の小人)たちは、地底で宝を守っているという伝承もあります。
同時にとても欲深で、人間に対して一筋縄ではいかないお試しをしたりすることもあると。でも、清らかな人間の心に対しては、悪さができないというか、奉仕するのですね。なぜかというと、それが自分たちを解放すると(深いレベルで)知っているから。白雪姫と7人の小人のお話じゃないですが。


そんなこんなの下準備を経て・・・2次元ナデイの日は、何かやはり深いところへ入って行ったような感覚がありました。(というかやっぱり睡眠学習になってしまいました 笑)


「霊の光を宇宙の冬の夜にもたらすために、私の心は聖なる喜びをもってこう願う・・・魂の輝く萌芽が宇宙の根底に根づきますように。そして神の言葉が、感覚の闇の中ですべての存在を貫く響きとなって輝きますように。」(シュタイナー)


未来の地球=新エルサレムでは、宝石(クリスタル)がその城壁を飾るとされています。
宝石は、深い地底の闇を知り、その後上昇して日の目を見たもの。
肉体(鉱物界)のところにまで降りて、そこから復活(上昇)したキリスト。
それが、エーテル体の中にあるキリスト意識。


トルマリン(注:2次元ナディグリッドの黒い石は、トルマリンなのです)は、物質が霊的になる過程を最もよくあらわしている鉱物だそうです。
肉体がエーテル体になることを象徴するように、鉱物でありながら、植物的な状態へ移行しつつある鉱物だと。


死を克服したキリストとは、死を消し去ったということではない。
その中にひたりきって、その只中で愛を思い出し、光の種となった。
それが、未来のエーテル(花)として開花するから。

コーラル色のヒマラヤ岩塩。
それは、はるか昔、海底の底にあったものが、今や世界一高い山岳地帯に持ち上げられた(上昇した)ことの証。地の塩。

そんなメッセージが来て、後はすーっと眠りに落ちて行きました。


その後。
23日、レディナダの数日前、友人が急に「この映画面白いから」と誘ってくれた映画が、「死なない子ども」というある建築家の作った住宅のドキュメンタリー映画でした。
この建築家は、いかにして人間が死なない存在となるか、というのを自分なりにライフテーマにして、そのための建築を創ることを使命としていた方なのですが、実際、その方の創られた住居は、通常の概念でいうところの住宅というよりは、常に目覚めていることを要求するような、危険な構図(角やでこぼこのある床)や、派手な色彩、沢山の窓を多用した場所で、その住宅で生まれ育った3歳の女の子は、猿のように柔軟な身体と、身体感覚をもっていました。


その映画の中で、ビックバンの話が。
宇宙の創生の音=ビックバンは、実は、私たちが深い感情を味わうときに、心臓でも鳴り響いており、そのたびに宇宙が新しく生まれ変わっている、という話です。

あ、これが天国の音じゃない!?心の琴線の音!と映画を見ながら感じました。

この屈託のない笑い声、感覚。幼子のように世界を新鮮な感覚で味わうこと。

これか〜〜〜〜と!!

多分、宇宙のお母さんの音は、私たちがいつもずっと聞いてきた音です。
多分天国にいたとき。

しかしその音を、自分の心臓の中でもう一度聞くために、
多分すべての存在が地上に降りてきている。

そして、その音を、地球自身が思い出すこと。
それは私たちが地球の子どもとして、地球の奥底に(自分の心の奥底に)ある音を聞くことによって可能になる。

それが、多分地下世界への降下の本当の意味なのでは!!と。


そしてレディナダのクリスマスの日、急にふ〜〜〜っと、珊瑚が復活することが、エーテル体の中のキリスト意識だよ〜〜という確信?が降ってきました。
まるで福音のように。


そう、今年7月の日蝕の日=9次元11次元合同ナディの日、夕焼けぞら一面に、コーラル色の天使の翼を見るという経験があったのです。あれは、珊瑚の復活の歌だったのかもしれないと。

それは、私が、リバーシングワーク等を通じて、珊瑚のエネルギー(底の底にあるすべての命に共通の犠牲のエネルギー)にアクセスしようとしていることへの、珊瑚たちからの祝福と約束のメッセージだったのかもしれないと。


そして、うきうきしながらレディナダの回では、来年以降やりたいこと、つくりたいことを考えて過ごしていました。
ノリノリだったので、クリスマスおめでとうというメールを人に送ってみたり(笑)。

来年は、自分の心臓の中のビックバンも聞きたい。
そして他の人のビックバンも聞きたい。
その音が地球上至る所で鳴り響くなら、多分地上の天国・・・なのではないか。
なんとシンプルで楽しいことだろうと思いました。

それは、壮大な自己満足。

エシカルジュエリーという、宝石業界におけるフェアトレードを提唱している女性の起業家の方がいて、その方は同い年ということもあり、自分の仕事に影響を与えてくれたとても刺激になる人なのですが、その方はご自分の仕事を「壮大な自己満足」と評していました。

でも、このとても屈託のない、被害者意識や恨みつらみとは無縁の明るいエネルギーが、悲壮感や使命感、そしてその裏にある優越感と無縁の、素晴らしいジュエリー作品として結実しているのだなと思いました。(もちろんそうなるまでに相応の御苦労があったことも含めて)


ここ2年ほど、いわゆるヒーリンググッズを販売するメーカーさんや中間業者などの舞台裏を見る機会があって、そこで様々な問題点(と私の眼には思われる状況)を目の当たりにし、一人怒りに燃えたり、びっくりしたり、悲しい思いになったりすることがあったのですが、そういうものを見つくして、でも好きだからやりたい!という思いが残っていることも感じ、自分にとってのビックバンのための壮大な自己満足にすぎない、という虚心坦懐さに落ち着いたようです。

以上になります。

ありがとうございました。




感想ありがとうございます。
それから、ここでお断りしておくと、冬プロジェクトの感想をまとめてという形で提出してくださったかたは、とりあえず、2次元ナディの括りでアップさせていただこうと思います。


ご自分の神話(この場合は、珊瑚ですね)を見つけられるということはとても、自分にとって大切なことですね。
もちろん人によって、ワンネスのどの部分に強くフォーカスしているかは異なるし、そのどれにも上下はないし、どれもが重要なのだというのが前提ですが。

書いてくださったように、2次元をさらに下降すると、すべてに存在に共通する苦しみまでに至り、それが、自分に対しての慈愛だけではなく、すべての存在に対しての慈愛に至る。

そのためには、まず珊瑚としての犠牲心や怒りに向き合うことが○○さんの場合はとても大切なことなのだということだと思います。
おそらく更に下降すれば、犠牲心だけではなく、自分も加害者であった部分にも繋がってゆくのだと思います。そして、それを許されてきているのだということに。
そのときには、2次元がすべてが愛という天国への入り口になりますね♪
そして、珊瑚たちはすでにキリスト意識によって救われているということも癒しですよね。
ナディは、その7次元からのメッセージで開始されたことも今考えると深いですよね。

拝読していて、谷川俊太郎さんの詩のある部分が思い浮かびました。

一部分だけご紹介を

「いのちはいのちをいけにえとして
ひかりかがやく
しあわせはふしあわせをやしないとして
はなひらく
どんなにふかいよろこびのうみにも
ひとつぶのなみだが
とけていないということはない」


リバーシングも、前に書いてくださったかたのように「呼吸」が鍵ですよね。
酸素、呼吸のメッセージも受け取ってくださったかたが多いのでしょうか?

今年は、みんなでビックバンの残響のようなものに少しでも触れてゆければいいですよね♪
わたしもご一緒したいです!

ありがとうございました☆