龍宮祭とその前夜7
10時から、お風呂に入ったのですが、なんか違う!と感じて、タオルを巻いて、お部屋に戻り、何気なくテレビをつけたら、BSNHKで、「陰陽師」の特集番組をやっていたのです。しかも再放送のようでした。
これを見ろってことね〜。
ということで、10時ちょっと過ぎから見ることに。
内容は、ご覧になったかたもいらっしゃるかもしれませんが、安倍晴明さんのことを中心に組んでありました。
わたしは、安倍晴明さんのことは、漫画の「陰陽師」でしか知らなかったのですが、クライアントさんで詳しいかたがいらして、この漫画も難しいのですが、教えていただきながらなるほど〜これはこういう意味か〜とだんだんわかってきて、これを描かれた岡野玲子さんというかたは、いわゆる天才という部類のかたなんだな〜と思っていました。
でもね、わたしは、世界史選択なので、あんまり日本史は詳しくないし、神社も苦手だったこともあり、言葉の意味がわからないところは本当にあったし、知らないことのほうが多かったのです。
だから、すごく新鮮に見れました。
平安時代の貴族たちは、今のわたしたちよりも、自然界に起きる事象に深く繋がった生活をしていたということもわかりましたけど、番組のなかで描かれていたのは、陰陽の「陰」の部分をいかに避けるかで、不自由な生活も強いられていたということ。
けれど、戦国時代に入り、武将たちは、そういった占いの類を全く無視するものと、陰の部分を受け入れ、いかに陽に変容させるかという立場を取るものという分化というか進化が出てきていたということ。
陰の部分を避けるのではなくて、どのように受け入れ、変えてゆくかということに変化していった戦国時代の武将たちというところにすごく興味を惹かれました。
戦国時代は、忌みの日であろうが、戦わなければならないときがあって、そこが平和な貴族たちとは異なるわけです。
ですから、その忌みや、不運の強い日のモチベーションをいかに変化させるかという工夫があったということ。
そこで勝敗の差が出たということ。
そこには、どのような意志を持つか、ということが深く係わっていたのです。
まさに≪サラスバティ(瀬織津姫)≫は、陰も陽も等しく受け入れるという内容でもあったので、すごく納得しました。
陰を怖れて、避けるのでなくて、その意味を理解し、対処する。
それが、一番大切なこと。
そして、陽も、また陰もあるのだからということで、はしゃぎ過ぎずに、バランスを取るということ。
そして、陰も陽も変化してゆくのです。
だから、どちらかに縛られることは、不自由になってしまうということ。
どちらも受け入れることが、自由をもたらすことだし、自然との共存なのだということを番組から教えてもらいました。
そうしたら、落ち着かないと思っていた部屋が、少し落ち着いたな〜という感じに変わってきました。お部屋が変化したというより、わたしが変化したので、感じかたが変わってきたのだと思います。
別の言い方をすれば、その部屋のエネルギーに自分がチューニングすることが出来たという感じでした。
そして、11時からアチューメントの時間帯に、わたしはお風呂に入り、シャワーを浴びて、身の穢れを清めたのでした。
まさにわたしには、ふさわしい清めのアチューメント。
瀬織津姫のエネルギーが強いアチューメントになったようでした。
そして、ベットで眠りに着きました。
続く☆