金星の女神学校≪ハトホル≫の感想です3

先日は、「金星の女神学校」≪ハトホル≫に参加させていただきまして、ありがとうございました。


前回≪アバンダンティア≫で、自分が受けとれば受けとるほど、流すことができるんだと気づいて数日後、急に「9次元11次元合同ナディ」のマス ターサナトクマラパーソナルリコメンドの『立派でなくてもいいんだよ』が、頭の中をリフレインしだしました。

ナディの時にも、きちんと受けとめていたつもりでしたが、本当には受 けとめていなかったのだと思います。
私はなるべく他者に迷惑をかけないように、いつも周囲を気にしていました。けれど、それは「快適さ」を得るに相応 しい人間であらねばという、天との取り引きだったのだと気づきました。
「責められるところのない、引け目のない、立派な人間」であらねば、快適さを享受する権利も ないと思っていました。
だから、ひとの迷惑をかえりみずに自分勝手な行動をする人が幸せを得ることを認めたくない気持ちもありました。


しかし!しかし!『立派でなくてもいいんだよ』です。

衝撃が走り、頭の中で何かが崩壊しました。確かに、全ての人の闇的行動には理由(傷)があり、その傷を癒すのは、喜びや愛だ と思います。
だとすると、闇が深い人ほど、愛される必要がある。幸せになる必要がある…つまり私も大いに幸せになる必要があるわけです!(笑)

9次元の叡 智を受け入れ始めた時に思った「愛してはいけない人はいない」に続いて、「幸せになってはいけない人はいない」だな〜と深く頷いた次第です。

今すぐに、全ての人が幸せになっていい。。。
嫌悪を感じる人へのこだわりが手放せて、心が軽くなりました。

そして自分自身についても、「より良きものに成長し たいという意識」と「自分に厳しくすること」とは別なのだということを改めて感じました。
受けとれば受けとるほど流すことができる≪アバンダンティア≫であるために不要なブロックが、また一つ消えました。


その翌日に、ふと「何故こんなに9次元の叡智を受け入れることを拒否していたのだろう?」と思いました。
待っていたように、内側から答えが返って きました。
「母なるもの」への執着です。
9次元のマトリックスは、3次元で生きる個に自立を強く促すものでもあります。でも私は外側に、自分を愛してく れる「完璧な母性愛」を求めることをどうしてもやめられず、9次元のマトリックスを拒否し続けていました。
現実問題として、完璧な母親などあり得ま せん。だから私は母に対して、執着しながら嫌悪し、愛から憎しみまでの間の様々なトーンの感情を抱きながら、母から自立して個としての自分だけに 集中して 生きることがどうしてもできませんでした。
自分の聖域を放棄しておきながら、聖域を侵害されたことに怒りを抱く。混乱の極みです。


しかし今回の≪ハトホル≫は、『「欲」を積極的に肯定するエネルギー』であり、『わたしたちの願望が満たされることによって、(願望が)浄化され るためのエネルギー』と語られていました。だから考えてみたんです。私の「母なるもの」への欲を浄化するために、私はいったい「母なるもの」に何を望んで いたのだ ろうか?と。


浮かんだのは、「性をいやらしいものとして見ない」「女性らしさを愛を持って、美しく、敬意をもって扱う」「信頼の気持ちを軸に子供を愛す る」・・・

意外 にも、女性性についての問題に不満を抱えていたのだと気づき、自分でも驚きました。確かにいわゆる女の子らしさを楽しむことを禁じられてきた感があるの で、「ふむふむ。なるほどね〜」と思いながら、海に沈んでいる私の『昔なくした宝物』は、私が自分の聖域で育むことが出来なかった、自ら放棄して しまった 「女 性性」あるいは「女性的感性による嗜好、楽しむ気持ち」かな?などと思いながら、私の「母なるもの」への願望、取り戻したいものへの思いも全て、 ≪ハトホ ル≫に委ねることにしました。


その翌日の夜、エントリーメールが届きました。「受けとる」ことからさらに一歩進んだ「流す」ことについてしっかり意識を向けることを促す内容 で、最初は 「えぇぇ?!」と頭が真っ白になってしまったのですが、落ち着いて考えてみると、堰を切ったように色々浮かんできました。

その勢いのままに、25 日、女神 学校が始まりました。≪アバンダンティア≫の時は、「愛されていないわけではなく、そう思い込んでいるあなたが受けとっていないだけなのだ!」と マスター達からずっと叱咤激 励されていたような感じでしたが、≪ハトホル≫では自分の内側へ意識を向けるよう促されてい たような気がします。今書いていて思ったのですが、≪サロメ≫の時に感じた静けさ、穏やかな雰囲気に包まれていた気がします。


エントリーメールを読んで考えた時、私が「流したい」と思ったのは、全ての人間への敬意、完全なる信頼に基づいた慈愛、同じ時空を生きる冒険者と しての親 愛の情(友情)でした。それは、敬意と信頼を高次の方々がこれまでずっと私に(全ての人に)注いでくれていたと気づいたからです。「敬意と信頼」 ほど、人 の魂を奮い立たせ、自力で立ち上がる力をくれるものはないのではないか?「無条件の愛」ほど、人を癒すものはないのではないか?高次と自然界が注いでくれ るもの。それを私は受け取り、流したいと思いました。今までは、「宇宙を信じ抜く」がテーマでしたが、これからは「人類(他者)を信じ抜く」が テーマになる・・そんな風に思いました。 全ては一つで、全ては愛と光である。それが真実だから。


地上はサバイバルの場ではな く、無限の可能性を秘めた遊び場だという気持ちで生きる(それを流す)人間でありたいと思います。そのためにもまず、私自身が地上で思いっき り遊ばな いと、と思います。
子供の頃からずっと、「世界はこんなもんじゃない。もっと美しく、もっとエキサイティングで、もっと楽しくて、もっと温かい(愛に溢れ ている)んだ」という強い思いがあ り、いつの頃からか、読んだ人がそう思えるような小説を書きたいと思っていましたが、全くアイディアが浮かびませんでした(笑)。
考えてみると、私自身がま だ世界を そんな風に体験していません。私自身が世界に心を開いて、世界を知っていく必要があると、そんな単純なことに今まで気づいていなかったのです。生 きて楽 しんでいいんだよと、自分に言いたくなりました。
罪悪感も自己嫌悪もクリアにし、自分への肯定的なエネルギーのみの存在になりたいのです。
そしてそれを、一つである他者へも流したい。全肯定のエネルギーを。叡智は私を幻想から解放し、自由にしてくれます。その叡智を他者にも流していきたい と思います。


実は地上には、もうすでに充分な愛が豊かに存在しているのではないか?と思いました。
受けとられないままの愛。受けとって流す人がいないだけで。
私が私を救うのに充分な愛はすでに与えられていて、でも受けとって活用せずに、愛以外のものに焦点を合わせて生きてしまっているだけ。
だから、ま さに≪アバンダンティア≫になることが必要で。。。受けとることのできるオープンハートの人間。
ヒントは至るところにあり、全てが真実への道。
人はサバイバル に疲れ切った感があるけど、受け取り始めれば、世界のどこにも貧しさが見当たらなくなるだけの豊かさ(貧しさをなくすパワーを与えてくれるエネルギー) が、すで に地上にはあるのではないだろうか?と、地球が、宝島ならぬ、溢れんばかりの財宝が眠る星であるように感じられてなりませんでした。


「月の女神学校」の関連記事にも登場している、無農薬リンゴの栽培に成功したことで有名な木村さん。彼は、この地上で「無農薬りんご」という豊かさ(眠っ てい た宝物)を掘り起こしたのではないかと思いました。

そして、それを他者に循環させ始めている・・・素晴らしいです。
見返りを要求する「努力」では なく、育 てたいもののためへの≪アルテミス≫の集中力。
もしかしたら「ワクワクする気分」「情熱を呼び起こすもの」が鍵かもしれません。

「無理に」あるいは「犠牲者意識で」ではなく、豊かさや愛を受け とるオー プンハートな状態とは、「ワクワク」「情熱」かも。。。
ナディや女神学校の告知の時は、いつも「ワクワク」してますし(笑)。次回≪サラスバティ≫は 2日連続 開催というニュースにも、「ワオ♪」という感じでした。


学校翌朝は、心の深いところで、魂がハミングしている感じでした。
地上が愛に溢れた楽園なんだと教えてもらったからかもしれません。
≪ハトホル ≫の海の中でいただいた宝物。
世界の本当の姿を見せてもらったことで心に灯った情熱が、生きる喜びを歌っている感じでした。


学校の翌々日。「完全なる信頼」を周囲に流そう(抱き続ける)と気張っていた(汗)のですが、何故か人間性を疑う酷い話をいくつか耳にし、訳が分 からなく なって混乱してしまいました。
そして、気づいたのです。今の私は、マスター達が注いでくれる愛のほんの一部だけしか受け取れていないのだということを。

流すためには、まず受けとることが大事で、自分の中から無いものを無理にひねり出して流すことなど不可能なのでした。
高次から私へ、私から他者への自然な流れ。
勿論ルートは1つではなく、他者から私へも流れ込んできますし、私から高次へも流れていくものがあるのでしょう。
まずは高次から受けている「信頼」を、私の方からも高次に返すことができたら・・と思います。
「完全なる信頼」を周囲に流すまでに は、まだまだ私の中でクリアにしなければならないものが沢山あることを思い知らされました。
母との関係についても、私の中で昇華しなければならない闇にさらに気づいたりと、学びの道はまだまだ続きます。
今日もコップの中の嵐に翻弄されていました。
なんだかこのレポートに書いた内容を、最初からもう一度やり直しているような気がします(汗)。
まずは自分が受け とって、自分を癒すこと!ですね。そうすれば自然 に、流せるものが増えていくはずです。楽しみです♪

今回も素晴らしい機会をありがとうございました!女神、マスター、史衣さん、ご参加の方々、関わってくださった全ての存在に感謝します。ありがとうございました!