第6回ナディマスタートランスミッションスタディシェアiiiiiiiii(10次元以上11次元)

ふみさん☆
まず、ナディとヴィーナスファンデーションを受けさせていただきまして、有り難うございました。そして続いてのインナーチャイルドセラピーも有り難うございました。


今回のインナーチャイルドはかなりナディとのつながりがあったようですね。
それで少々、それの絡みもあるのでナディだけの感想というのではなく、インナーチャイルドセラピーの気づきも含めての感想とさせていただきたいと思います。


ふみさんに今回のインナーチャイルドがナディと繋がりがある事をご指摘して頂いた後、家でもナディの完了メッセージを読み返すとインナーチャイルド体験の中で私の天国体験が出来ましたし、天との繋がりを思い出したのはとても大きな意味があったのだと改めて思いました。


無意識に私はある出来事に対して感じた自分の感情を相手にどう思われるかを瞬時に判断し、その人になるべく合わせるように、自分の感情をコントロールしていたのですね。
あまりにも習慣化してしまい、無意識のうちにするのでそれは本当の自分の気持ちなのか、わからなくなってしまったようです。
今回のインナーチャイルドセラピーでそれを意識化出来た事を本当に嬉しく思います。


それは2ヶ月の頃からの生きるために必要な習性でした。
私は自分の感情を押し殺し、食べさせて貰う為に母親のご機嫌を損じないようにしなければ、ならなかったのですね。


何もしなくても赤ちゃんというだけで優しい目をしてくれる他人とは全く違う母がいました。
母が生きる全てであった幼い自分には母が気分を害すると死と直結してしまう恐怖を、味わってきたのです。
また唯一の楽しみであった、他人からの思いやりの気持ちに触れるときですら母からの嫉妬の感情を受けたので、それにも恐れを抱いていた環境だったのです。


既にこんなに幼い頃から他人の優しさまでをこっそり受けるしかなかった絶望感を更に大きくさせない為に自分の感覚を麻痺させて無意識かつ自動的に母向きに自分の感情を転換させたのは、苦肉の自己防衛策だったと言えます。
自分が自分のものでないような感覚は他人に奉仕しなくてはいけないという義務感にも結びついていたのですね。


自然の成り行きで私の心は外に向けられました。他人の評価から両親に向けて、自分の存在を認めてもらおうと思ったのです。
しかし他人の評価は評価でしかなく、また私の周囲の友達や先生は母の持つ独特の色眼鏡(その人の肩書きや年齢、容姿、後は母の好みにあうかという材料)でみられ、母に認められなかった者の意見には母は耳も貸しませんでしたし、また私に近づけないよう徹底的に排除されました。



私はもともと両親に心の内を話すという発想はありません。
受験の時期を経ても母が賛成してくれる所まで譲歩や妥協を自分でしてからいかにもそれが自分の希望だという報告の形でしかやりませんでした。
就職して自分が自分の力で生きられるという事が分かった頃、本当の意味での人格全体をありのままで受け止めてくれる存在探しをしだしたと同時に両親の肩書きを気にする価値観からは猛烈な反発が始まったのです。


私の信じた人には色眼鏡なしで心を開いて話しかけ、肩書き、過去、国籍関係なしで悩みも打ち明けました。
自分が浄化されていない分それにも相当な痛みを伴いました。
悩みを私の弱みとして悪用された事も多々ありましたし、人の悩みをすべて自分に背負い込んで大変な目にもあいました。


それでも家での母の機嫌という秩序のない恐怖とくらべたら社会はとても公平でルールさえ守っていれば安心できる所でした。


またその試行錯誤の中で自分の事をありのままで受け止めてくれる友達に何人か出会えたことはやはり、天から見守って貰えていたと思う以外にありません。


また一方で私は今まで得られなかった安心感や幸せを結婚に求めました。
両親の価値観では到底賛成できないだろう人をわざと選び勘当されて家を出ると、両親からの影響、干渉を断ち切るために住所も明かさず、結婚に踏み切ったのです。


しかし妊娠する希望を、勤め先に伝えると辞めて欲しいと宣告され、私の社会に対しての公平であるという幻想は音をたてて崩れていきました。


私が勤めていることで得ていたわずかながらの社会での自己価値が著しく下がり、勤務先の要望を満たさない力不足は社会から閉め出されるんだという失望感を味わったのです。


自分を認めて貰えるよう夫に尽くしたものの、何をしても怒られたりうまくいかない空回り日々で、妊娠さえしなければと不自由な身体を憎みました。
みんなが大きなお腹をみていやらしい笑いを向けているように感じ、何で女の人だけがさらし者にされなければならないのかと苛立ちました。


実際子どもが産まれても大変さばかりが先に立ち、喜べない自分にショックを受け、余裕もなく、夫には理解して貰えない孤独の中で葛藤の多い子育てになってしまったのです。


自己嫌悪に陥り、自暴自棄に走り、また夫や夫の家族の問題を背負い込み、様々な出来事が重なり、自分はひとときの安らぎも得られない闇の中の日々でした。


あまりの辛さに自分を壊したくてお酒に走り、ウォッカやリキュールを何杯も何杯も飲んで、自分の頭を叩いておきながら、人ってそう簡単に気は狂わないんだなと思ったものです。


しかし、そんな自分を救ったのは子どもを守るのは、自分しかいないという強い気持ちでした。
夫から暴力を受けている限り、自分は夫を怖がり、また怖がっている自分を見せるのは自分の尊厳も保てないし、子どもにとっても夫にとっても良くない、だんだんに出来上がりつつある心の鎖をここで断ち切らなくてはならないという強い決心でした。


自分は夫に頼らなくても一人で生きられるではないか、いつからそれを忘れたのだろう、離婚しようと決意したのです。


あまりにもそれは強い力であり、突然に響いた天からの励ましの声に聞こえました。


離婚した今、様々な形で自分探しをするようになり、自分と向き合う事になりました。


私の天国からの出発は(今回のインナーチャイルドセラピー体験からいくと)明らかに天とのつながりを信頼して本当の自分の気持ちを感じる事をテーマに出発したはずなのに、優しさや安らぎを与えてくれない母との遭遇で、その信頼性はいとも簡単に壊れてしまったわけなのです。


強いと思っていた信頼があまりにももろく崩れた事で、誰も自分の事を見守っていなくなっているのかもしれないという恐怖や不安が大きくなって、それで真の安心や心の平和を保持できなかったのだと思い至りました。


私にとってありのままでいられる事が一番難しい状況にあったわけなのです。
心のままに感じたことを表現する事が大変だった人生を振り返るとそれがテーマであったんだなと思い至りました。


そして今なお大切な友達と育んできた家族ぐるみのお付き合い、心からのコミュニケーション、ダンスあり、ご馳走ありの共に過ごす夏休み、誕生会、素敵なクリスマスや正月の安らぎのひとときは友人の子ども達が成人した今でも変わりなく続き、友人の家族の誰もが私と子ども達を迎え入れてくれ、既に家族の一員と成っている事に気付きます。

それが私が子どもの時から本当に欲しかった家族であり、力を入れなくてもかけがえのないものを手にしているよと天が教えてくれているようでした。


今こうしてナディを通じて、インナーチャイルドセラピー体験を受ける事になり、自分は天と繋がっていたという意識を再び持つことで心の平和を取り戻し、もっと心のままに感じられるように意識したら、またそれをする事を楽しめたら、もっと人生が喜びの多いものになるのかなと思います。


また結婚で幸せになれる、夫が自分の寂しさを埋めてくれるという幻想から覚めて、幸せは自分が作って感じられるものなんだと思えるようになり、寂しさは天とのつながりへの信頼によって少しずつなくなるような気がしています。


ナディを受ける前後に借りた『母の眠り』という映画の中でもうすぐ死を迎える母が娘に【幸福になるには、今あるものを愛すること。失ったものを追い求めなければ人生は穏やかなものになる。】という言葉を残しますが、とても私にも印象的でした。


大天使ヨフィエルの言葉『ハートの苦みが天国の道の妨害』とありましたが、まさに私にとって幼い頃に生きるために編み出した防衛策が妨害になっていたのかと理解したのです。



今回は色々な助けで理解するに至りました。
自分が天国に繋がっているものの一人として実感的体験が出来たのは大きかったです。まさに私に今必要としている事だったと思っています。

本当に有り難うございました。